「1・17」に思うこと

「1・17」に思うこと

2018年1月17日

1995年1月17日の午前5時46分、阪神・淡路大震災が発生しました。

あれから丸23年。すっかり元通りになったかのように見える神戸のまちですが、目を凝らしてみれば、あちこちに残っている震災の傷跡に目が留まり、ちくりと胸が痛みます。

 

本日は、忘れてはならない記憶とともに、語り継ぐべき諸々のことを考える「1・17」に、思うことをつづります。

 

多くの命を一瞬にして奪った阪神・淡路大震災。被災したのは、私たち人間ばかりではありませんでした。

 

当時の新聞や、震災の被害を伝える写真集に載っていた1枚の写真。それは、瓦礫と化したまちをさまよう、私たちのペットだった犬や猫の姿をとらえたものです。

泥やほこりにまみれ、不安そうな面持ちの犬や猫。心なしか、やせ細った身体で寄り添い合っています。飼い主を呼んでいるのでしょうか? 大きな口を開け、天を仰いで鳴いている猫の写真もありました。

 

一方で、飼い主を亡くしたペットと、ペットを亡くした人たちが新たに出会い、”家族”となったことを象徴する写真もありました。年配の女性が砂埃などで汚れた猫を抱き上げ、猫と互いに目詰めあっているひとコマが印象に残っています。

 

被災地のあちこちに建てられた設住宅では、ペットと暮らす人たちがいました。犬や猫などの小動物、ペットは私たち人間を癒してくれる存在です。

やがて時が経ち、人々の暮らしも復興へと向かいます。仮設住宅から新居へと転宅する人たちの後に、多くのペットが残されていました。

その大半は、猫でした。

 

猫たちは再びまちをさまよい、野良化しました。大規模仮設住宅があった地域では、このようにして急激に野良猫が増えました。増えた猫たちの対応に追われたことが、地域猫ボランティアを始めたきっかけとなった人たちが、少なからずいます。

神戸市西区、ポートアイランド、六甲アイランド、西宮浜…。震災から23年を経た今も、あのときの野良猫の子孫たちが生き延びて暮らしています。ボランティアさんたちの長年の努力の末、数こそは減っていますが、震災を端に発した野良猫問題がすべて解決したわけではないのです。

 

そして、大震災から23年を過ぎた神戸のまちでは、少子高齢化が急速に進んでいます。

家族が独り立ちし、連れ合いを亡くすなどして家族の数がどんどん減り、ひとりになったお年寄りの心の支え。生活に癒しをもたらすのがペットの存在です。犬や猫を飼っている人。ペットはいないけれども、外にいる野良猫に餌を与えることで、癒しを求めている人たちがいます。

 

野良猫に餌を与えているならば、避妊・去勢手術を―と、呼びかけても「人間の勝手で、かわいそうなことをする」とか「自然じゃない」とか、「そんなお金はない」とか、いろいろな理屈で抵抗される。

同様に、避妊・去勢手術をしないまま猫を飼っていると、増える増える。あっという間に50匹や100匹になります。やがて破綻し「多頭崩壊」へ…。

 

飼い主の知識不足やモラルの問題もありますが、経済的破綻や高齢の飼い主の病気や死亡など、「多頭崩壊」の背景には、人間社会の問題がさまざまに見え隠れしています。

 

2017年の年末は、「多頭崩壊」の支援依頼が相次ぎました。新年に入ってからも、救済活動は続いています。

 

行政と協力しながら、突然にすみかを奪われた猫たちを助け出しています。目の前の命を救うことのほか、このような問題を未然に防ぐ方法。発覚したときの緊急対応などについて、支援システムができることを願いつつ、手探りで動く毎日です。現在、実行委員会のサイトで逐次、報告しています。

 

神戸市動物管理センターに大量に持ち込まれた飼い猫の保護・引き出しのほかに、先週は、別件で管理センターから1匹を預かりました。飼い主から殺処分前提で持ち込まれた11歳のメス猫です。

 

このように、私たちが管理センターから猫たちを引き出していることに対しては、賛否両論あります。

 

実行委員会のメンバーの中には、自身のブログやフェイスブックなどを開設して活動報告している人もいますが、そこへ直接、批判的なコメントやメッセージが届くこともあります。面と向かって批難されたボランティアさんもいます。

 

たとえば、実行委員会が引き出しをやっていることで、「多頭崩壊が起きたら、猫たちをセンターに持ち込めば何とかしてくれると思われる。そういう風潮を広めるのはけしからん」という主旨の批判です。

 

野良猫の保護にせよ、多頭崩壊家庭の支援にせよ、賛否両論あることは百も承知です。すべての人たちに承認される活動というものは、ないに等しいのでは?―と考えています。

 

私たちは、いろいろ意見されることに対して、肯定も否定もしません。人にはそれぞれに価値観や考え方があり、共感することもあれば、違和感を覚えて反発することもある。それは猫のボランティア活動に限らす、日常的によくあることだから。

 

批判に対して、反論して対決することもしません。意見が合わない人たちといさかいを起こすよりも、もっともっと大切なことがあり、そのことに全エネルギーを集中したいと思うのです。

 

私たちは、目の前にいる小さな命の存在を大切にしたい。

助けが必要なときは、できる限り助けたい。たとえそれが猫であっても、命は粗末にできません。

どんなに頑張っても、すべての猫を救うことはできません。助けられるのは、ほんの一握りの命です。だからこそ、自分たちの力の限界を見据えたうえで、助けると決めたなら、最後まで頑張るのです。

 

なぜならば、私たちは、阪神・淡路大震災を経験し、命の尊さについて身をもって経験したのだから。

 

たとえそれが猫であっても、命のともし火を、むげに消すことは、できないのです。「不要になったから」「増えすぎたから」と、無駄に殺していい命などひとつもありません。

 

私たち人間と動物が、ともに幸せに暮らせるまちになることを願いつつ、「KOBEにゃんずプロジェクト」を立ち上げました。そして、少しずつでいい。自分たちがてきることは何かを考え、こつこつと取り組んでいます。

そのひとつとして、猫の救済活動を通して、命の大切さをこどもたちに伝えたい。ただひたすらに、そう願っています。




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